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ソウルを皮切りに7都市で15の酒場食堂のうち1軒を除き(晋州冷麺屋)すべての店にマッコリがあり、昼でも夜でも若い人年配の人も店のご自慢メニューを頬張りながらマッコリを飲み笑ってしゃべって楽しい酒の場面で溢れていました。首都ソウル、第二の都市釜山、人口30万人前後の5つの中都市、韓国全国津々浦々でマッコリが飲まれているのです。
ソウルでは酒場の並ぶ大通り、大規模なビアホール、小さな食堂での、夏の夕刻に青や赤の椅子にまたがって青い空の下の喧騒、釜山亀浦市場で湯気のあがった出汁の香りが漂う鍋の奥で煮込み料理をつつきながらマッコリを酌み交わすおじさん達、いずれも忘れがたい風景です。
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| (再掲)ソウル マンソンチプでの空飲み風景 |
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| (再掲)釜山 亀浦市場 |
南海沿いに走る慶全線の中都市は、いずれも駅舎が新しくその地を観光地として整備しつつあるように見受けられました。日本ならチェーン居酒屋やファーストフード店が必ずやある規模の都市ですが目につきません。(人口規模で大阪府なら吹田市、茨木市、八尾市というところです)
酒場や食堂は地元の酒母(チュモ、店の女将のこと)が自慢の料理をだし地元の人々の憩いの場としての心地よさがあります。地元の酒場や食堂は、労働の後のほっこりとした場、休日の夕食を家族と過ごす場としてあり、そしてみんながその地方のマッコリを飲んでいました、地元の経済のなかで地元の人々の暮らしがめぐっているのでしょうか、なつかしい町の空気を感じました。
訪れた店ではカタコトの韓国語しかしゃべれない旅の客を、酒母と客が気にかけいろいろと面倒をみてくれました。
大都市でも地方でも、食べること飲むことを大いに楽しみ、それが暮らしの核となっている、そんな社会が健在なのです。
もひとつ、すべての店で喫煙でき、周りに気兼ねなく吸っています。もはや日本ではあまり見ることが出来なくなっためずらしい光景でした。


読む側にやさしい、わかりやすい見やすいスイッチしやすいブログをありがとうございます。素敵な町ですね。なぜか懐かしい気分がおこる町並み。原風景の記憶がないはずなのにイイナァ韓国と思います。
返信削除シンガポールに息子さんが暮す知人の弁、「若い夫婦は皆共働きで夕暮れには立ち並ぶ屋台に食事にゆく、朝ごはんも屋台にゆく。ダカラ日本より訪れた姑(私の友人)も手料理のモテナシを受けることなく、嫁ともども朝な夕な毎日、屋台に出向くのヨ」と聞いたことがあります。西洋ドラマなどを見ていても、共働き家庭の晩御飯はバッチリ質素ですね。晩御飯の支度をするのは母でなく町の屋台のおばちゃん、これイイナァ。「さあっ今晩は何作ろっ」と毎日ナイ知恵しぼってる日本の古きおばちゃんはタメイキ。屋台といえば、終戦直後(身に覚えはないけど)はともかく、今日ではお祭りの境内に立ち並ぶ屋台くらいしか思いつきませんね。
効率を求めた暮らし、理にかなった暮らしを戦後なりふり構わずまい進した日本国は、おばちゃんやおっちゃんを置いてけぼりにしたんとちゃうやろか。どの地方都市も同じ顔をし、どの線路も駅も退屈な同じ景色を見せる退屈な日本。本当にまもらなければならない人、手厚く保護されなければならないものをとりちがえたかな。
8月11日の朝日新聞より宮台真司氏のちょっと心に残った言葉をご披露。
●『スローフードが食材問題でなく「食の共同体自治」であるように、脱原発も「エネルギーの共同自治」の問題です。』
●『日本は「引き受けて考える社会」ではなく「任せて文句を言う社会」。任せられた側については「知識を尊重する社会」ではなく、「空気に支配される社会」。普通選挙制があっても民主主義の「心の習慣」がありません。
ソレデ、宮台氏は今は変革のチャンスというてはります。
母が繰り返したように帰ってくる人を待って晩御飯づくりに心をつくす、この「心の習慣」をどのように変革すべきか、おばちゃんは考えております。韓国の食堂、酒場、屋台、の話題から身勝手に我が空へ今日も飛んでしまう大阪のおばちゃんです。