2012年6月7日木曜日

韓国大邱の旅 ③海印寺、星州で出会ったオモニたち

2日目に伽耶山国立公園の「海印寺」(ヘインサ해인사)を訪問しました。大邱の中心地から西へ車で約2時間、アーティスト金星洙(キムソンス김 성수)さんのご案内です。帰路、大邱までの中間地、星州(ソンジュ성주)の金さんのアトリエにもご案内いただきました。

■清らかな渓谷を登ると海印寺、静謐な「大蔵経板殿」、そして観光する働くオモニたち

静かな渓谷を約30分ほど歩くと海印寺が、そのなかに「八万大蔵経板殿」があります。
-「八万大蔵経版」は高麗高宗王時代、モンゴル侵攻によって焼失した大蔵経を1236年から12年をかけて彫ったもの。(韓国観光公社 『韓国』)

湿度と温度の調整を建物の構造によって行っており700年以上朽ちることなく現存しています。
ここから中は撮影禁止です。大蔵経板が保管されている建物は外から覗くだけで中には入れません。

大蔵経板殿門       八万大蔵経板(韓国観光公社掲載写真)












げら子 ひんやりしてる、風が吹き抜けてる。それにしても気の遠くなるようなこと、宋さんのアートに通じるとこあると思う。

ごん太 隙間から板がずらーっと並んでる。えらい広いなぁ。見たことないけど国会図書館の書庫てこんなんかな。

遠大な手仕事の御殿を後にして降りていくと、現実の世界です。観光するオモニたちが僧侶の説明を熱心に聴きいっていました。





















ごん太 悠々自適のオモニの観光名所みたいやな、京都のお寺の観光光景や。おばちゃんパワーや、おっちゃんはちらほら。

げら子 ほんまやな。あ~ハルモニしゃがんでしもた!
こちらはハルモニが肉体労働してはる。制服のようなジャケットが可愛らしい。


















■ポツンと人気のないテンジャンチゲ(味噌鍋된장찌개)店、わらびを干すオモニ

観光地だけあって、下山途中には等間隔に食堂があります。そのなかで金さんがチョイスしたのがテンジャンチゲのお店でした。

9種のおかず 菜のごまあえ、わらび、魚介のつくだに、貝のキムチ
菜のおしたし、ペクキムチ、古キムチ、大豆、正体不明1品
注文したのは、豆腐・菊菜としいたけのチヂミ・テンジャンチゲ















げら子 次から次と来るわ来るわ!全部で9種類や。では、不老マッコリで乾杯!(金さんは車のため飲めない、我々だけごめんやっしゃ!)

ごん太 とうふが美味いで、タレが辛い!豆の味がそこはかとなく漂う、お見事。チゲの出汁もええねぇ。

お腹満腹、マシッソヨ、カムサムニダ!とお店をでたところに、なにやら干しているご夫妻。
ここでもオモニの存在感ありです。


















げら子 これなんですか~!山からとってきたわらび(コサリ고사리)やて。あ、さっきでてきたおかずにあったやつ。

ごん太 そうそう、かめば味がでる。ここで採って手間かけて干して出してはんねん、うまいはずや。


■金さんのアトリエ、そして隣人夫妻のつくったマウワウリ(チャメ참외)のうまさ!


大邱星州(ソンジュ)はマクワウリの名産地、今マクワウリの出荷最盛期です。広大な土地でマクワウリを作っているご夫妻にその場でざくざくとナイフで剥いたウリをご馳走になりました。金さんの仲良し隣人です。

真ん中がマクワウリご夫妻       出荷を待つマクワウリ















げら子 うわー、甘味が深いで、美味しい!今出荷の最盛期やねんて。主のアボジと可愛いいオモニ、アボジにもったいないくらいやね。お二人ともどしっと地に足ついてはるな。

ごん太 ざくざくとワイルドなんがまたよろしな。これ日本のコリアンタウンで4個千円もしまっせ。なんと贅沢なこと。



最後に金さんのアトリエをご紹介せねばなりません。


庭のオブジェ、向うの蒔はストーブ用、ご自分で巻割り
室内アトリエの作品たち










































玄関から庭、屋内、すべて金さんの作品で埋まり、ゆっくりとした時間が流れています。日本でも展覧会が予定されているそうです。


3日間の大邱の旅(5/1-3)は、通りすぎただけでしたが心に染みました。都会と田舎、名刹、アーティスト、農家、観光の人々との瞬間の出会い、そこで舌鼓をうった数々の食べ物、そして「不老マッコリ」。ソウルや釜山、他の地方都市とも違う空気の土地、ゆったりとして洗練されたにおいを感じました。
そして、伽耶文化、高麗文化から受け継がれた手仕事を、宋さん金さんのアートに見ました。

ギャラリスト俊子オンニ、 山下さんにカムサムニダ!
俊子オンニ「ギャラリー佑英」HP ご覧ください。


韓国大邱のレポートはおしまいです。
6月中にはタイをご紹介する予定です。



2012年6月6日水曜日

韓国大邱の旅 ②ハンオク民泊「トンダソン」おかみの朝ごはん

「トンダソン」は、韓屋民泊です。
トンダソンという屋号は、「朝鮮王朝後期に作られた東茶頌(동다송)という茶道を詩で説明した本のこと(韓国百科事典サイト Naver사전)」に由来しているようです。
韓国事情通の山下龍夫さんからご紹介いただきました。
山下さんのフェイスブック (韓国の庶民の暮らしと息吹が伝わってきます)

韓屋風情の設計、中央の庭のぐるりに客室が8部屋ほど、浴室とトイレは共同です。
オンドル部屋は食卓だけのシンプルなつくり、げら子さん俊子さんごん太さん、期待どおりのお宿です。

玄関         窓からの風景   オンドル部屋














大邱中心地から東北へ約40kmのところに位置し、八公山道立公園(팔공산도림공원)の入り口です。ここからは35kmの登山コースになっています。ちなみに八公山は仏教文化の聖地と言われているようです。

1日目遅くに到着、さすがのげら子さん、ごん太さん、俊子さんも緊張のためゆっくりと飲めなかったようです。ごん太がマッコリを頼みました。

マッコリに、チヂミ、キムチ、大根、オレンジ



















ちょっと、感激!おつまみも作って
くれはった、このチヂミ美味しそう。
乾杯!
どれどれ、このキムチ、きっとおかみ
さんの手づくりやな、やさしいお袋の
味がするもん。
マッコリもしゅわしゅわしてる、手づくり
かな~。




ごん太 これはこれは、明日の朝食に期待が膨らむなぁ。

げら子 玄関の看板に「茶」てあったやん。なんでかなと思ったけど、屋号のいわれなんやね。ごん太がもっと語学力あったら詳しく聞けるのにね。ごん太もっと勉強せな!

早朝は近くを散策、朝に爽やかな空気を満喫し、いよいよ朝食です。

キムチ、菜、のり、じゃこ、練物、野菜と卵のスープ



















げら子 やっぱり、ア・タ・リ!ビールでまずは乾杯。スープのおだしはなんやろ、深みがあってあっさりしてて、は~、ごはんもすすむわ。もうこの朝食だけでも満足。俊子オンニはクッパかいな、お、それも美味しそう。

ごん太 ほんまに期待に違わずや。

この日も夜遅くに帰着、またまたマッコリで締めました。
翌朝はチェックアウト、朝食メニューにおかみの気持ちがこもっています。

菜サラダ・菜おしたし・卵焼き・じゃがいもソーセージジョン・キムチ・エゴマ葉漬け
わかめのスープ

















ごん太 ほーっ、ワカメのスープはお誕生日のものやろ。おかみさんの気持ちが伝わるな。魚介類のだしの味、わかめもご立派。

げら子 おかみさんの腕は確かや。素朴な味がたまらんね。


宿泊は平日のためか我らだけでした。他の部屋に人々がいるのですが、どうも宿泊客には思えません。おかみさん「タりエヨ(娘です)」って。空室の折には子供達の宿泊となっているとは便利で効率的な運営です。

夜遅くに帰ってはマッコリ、朝からビールを飲む我らをタイミングよく手づくりの美味しさでもてなし温かく見守ってくれました。
「マッコリが美味しい、手づくりですか?」というと、お土産にマッコリを下さいました。
それは「不老マッコリ」だった!

お世話になりました。夕食をいただけなかったことだけが心残りです。
宿泊費は平日一人40,000ウォン-日本円 6/5現在レート(65円)で2600円-(週末は50,000ウォン)

品のよい料理上手で素敵なおかみさん(写真撮影を失念)、ご紹介いただきました山下さん、チョンマロカムサムニダ!

次回は「海印寺から星州で出会ったオモニ」です。



2012年6月4日月曜日

韓国大邱の旅 ①芸術家が集う食堂

げら子とごん太は昨年実現できなかった大邱(대구)へ。

金海空港から亀浦(구포)へ、亀浦からKTXで1時間余りで東大邱(동대구)駅に着きました。
おしゃべりしているとあっという間に到着、あわや乗り越すところでした。




東大邱駅































■70-80年民主化運動の地、今、文化のかおる街

大邱は1970~80年代軍事独裁政権を主導した三人の大統領、朴正熙、全斗煥、盧泰愚の出身地です。
-軍事独裁政権が続いた70-80年代、それを打破しようと闘った「学生民主化運動」が最も盛んな時期でもあった。催涙弾のガスに涙を流しながら民主化のために闘った私たちの先輩たち、同僚たち、後輩たち。彼らが憤懣やるかたない思いを吐露しながら、一杯のマッコルリに希望を見出して未来を夢見たのが、当時のデポチプだ-(鄭銀淑『マッコルりの旅』)

伝説のデポチプのハルモニは引退されたとのこと。


今回の大邱は、げら子の友人のギャラリストが懇意にしておられるアーティストの展覧会にお邪魔する、これがメインの目的です。ギャラリスト俊子オンニの後について珍道中の始まりです。


「鳳山文化会館(봉산문화회관)」は2004年設立、 大邱の芸術家の作品の発表の場のようです。

ポンサン文化会館、ポンサン文化通り                  メイン通りから入った路地   

げら子 着ましたね。文化の香りがする。
ほら、掘り出しモンありそうな骨董やさん、手づくりのブティック
や、 ええけどな高そうやな。

ごん太 静かな落ち着いた街並みや。ちょっと入った路地は韓国の家、
ええ佇まいやね。
ちょっとワクワクしてきたで。はよ、行こ!


-「紙物・-空-」は韓国の現代アート作家「宋光翼(송솽익)さん」と日本の作家「伊藤祐之さん」との二人展です。
-「彼(宋光翼)は熊手鍬で畝を作って畝間と深さを推し量る農作業を掘り起こす農夫の視線で労働の価値と観照をテクスト化する(金永世 09.5 ポンサン文化会館)











なんか難しいこと言うてはるけど、
入り口入ったとたん空気が違う!
見たらわかるねん!!ね、ほら。
ていねいにていねいにひとつひと
つ手仕事を積み重ねて、気が遠
くなるようなことを積み上げて作っ
てはる。
あ~、心が澄んでくるワ。

ごん太 ほんまについてきてよ
かった~。
ここは時間がとまったみたいや。

宋さん、アーティスト、ギャラリストのみなさん




















■この日はオープニング。幸福食堂(행복식당)で○×△□▽・・・・。

宋さん、宋さんのお仲間のアーティスト、伊藤さん、みなで「幸福食堂」へ
繰り出しました。

乾杯!不老マッコリをやかんにいれて           宋さん・金さん               伊藤さん     



皆さん、芸術談議してはるんやろなぁ。
すんごい早口で一斉にしゃべりはるから、
ボクさっぱりわかりません。

「マッシッソヨ」
「イエー」
「ケンチャナヨ」 の繰り返しだけや。





げら子 そやけど皆三々五々やってきて、主賓を待つとかせーへん
ねんね。もう5回位乾杯したで。
皆さん芸術家には見えへん、普通のおっちゃんやねん。
って多分日本の芸術家っぽさがない、その人があんな
すごいもん作りはるからその差が楽しいな。

ごん太 それは同感!気取りがあらへん、ボクらも友達みたいに
接してくれはるもん。

げら子 マッコリは「不老マッコリ」。清涼感あってバランスがとれ
た味やわ。チヂミ、スユク、キムチにいろんなつまみ。
普段の晩ごはんのおかずできどらんでええな。

-大邱のマッコリは「不老マッコリ」が90%を占めるようです。(鄭銀淑『マッコルリの旅』)
今回の旅ではすべてが「不老マッコリ」でした。 

-と、この日は我らの宿は遠く、途中で失礼することに。すると、宋さんのお気遣いでタクシーで送ってくださるという。そして送って下さった方は宿からまた大邱まで帰られました。カムサムニダ!
その後、歌って踊っての宴が繰り広げられたようです。あ~残念でした。


■大邱の名店、ハンオクチプで「キムチチム」を堪能

翌日もご馳走になることに。
水曜日19時過ぎ、店内はぎゅうぎゅうの満席、これ以上入らないというところに入るのです。
地元の名店だそうです。

キムチチム店 暗い路地を入った突き当たりに











熟成させたキムチ、色合いが違う      深い味のキムチチム     














げら子 へ~!何とも言えん深~い味。豚肉はボロボロになるまで
煮込んである。キムチは醗酵味がすごく深い味。

ごん太 ボクも初めての味。マッコリもごはんもすすむ。
というても、マッコリはでてこなかったな。
最初、鍋の上にラーメンの袋が置いてあったから、最後に
ラーメンで〆るみたいやな。
壁はみんなのメモ帖や、ボクも書かせてもろた!

げら子 いろんな人が入れ替わり立ち替わりで、ぎゅぎゅう詰めで
座らはるのは、大邱流?アーティスト流?ようわからんけど
「皆友達(모든 친구!」というのが伝わってくるわ。


大邱の2日間は、韓国の前線を走るアーティスト達が集う食堂で「マシッソヨ!」の連続でした。気取らない仲間達の楽しい宴、そこにすんなりと同化できる空気がありました。
民主化を願って闘った若者のその魂が芸術に連なっているのでしょうか。

次回は「民族旅館に泊まる」をレポートします。



2012年4月11日水曜日

東日本大震災から一年「311追悼の会」をしました。


げら子さんは昨冬から冬眠に入っていました。
一月に眠りから覚めて、ずっと気がかりであった事をやろうと活動をはじ
めました。先輩友人知人達と「東日本大震災から一年 311追悼の会」を
開催したそうです。

「飲んで歌って踊って!楽しい宴」ではないのですが、その根っこのココ
ロは同じ。被災した方被災地へ行かれた方から直接話を聞いて感じて、
亡くなられた方々を追悼したいということのようです。

その模様をげら子さん、ごん太さんから報告してもらいます。

イラスト by せさみ
げら子です。ご無沙汰してました。
顔を披露するの初めてですね、
こんなんです。
気になっていた東北の知り合い
から1月に手紙をもらいました。
読みながら涙がこぼれて止まれ
へんかったんです。生のことばの
力にぶっとばされました。
ほんまは被災地に行くことがええ
ねんけど、大阪から行けない人
もいるやろし、そんな人と一緒に
一年経った日に生の声を聞こう、
それが追悼になるはずや、と思
ったワケです。先輩、友人、知人
達との草の根ネットワークで「311追悼の会」をしました。

イラスト by せさみ


   ごん太です。
    そんなことやったら一肌ぬぐがな!
     とボランティア、僕は会場設営隊。
     えらい人でもない有名な人でもない
     普通の人が自分のことばでしゃべ
     ってくれはった、声がまだ耳にこび
   りついてるわ。
     みんながひとつになって追悼でき
     たね。  





■■■ みなんでつくった、手づくり追悼の会




























げら子 私らの友達知り合い、そのまた友人知人をたどってたどって、
6人の人に話してもろた。参加した人皆でつくって、皆で追悼
できたな。


ごん太 おにぎり隊は前日からトン汁準備して朝かからおに ぎり握っ
て、皆で話を聞いて、黙祷して、歌って、後片付けも皆でして。
みんな感じ方は違うやろけどこころから感じた、亡くなられた人
達や被災された人のことを身体で感じたな。


■■■ ひとりひとりのこころに沁みる話のほんの一部


ごん太 生のことばの力を伝えるのは僕にはむり、、、けど、僕が印
象に残ったことばだけでも伝えます。ニュアンスが違ったりすることは
堪忍してください。


 武山大自さん 吹田市在住 気仙沼出身 
~ふるさとの震災前、震災後~

-”あっ、ばっちゃん!”震災後3日実家と全く連絡がとれない、
  時事通信社のネット配信で、自衛隊の人におぶって救出さ
   れた祖母をみつけました。
-妹の車が津波に流されている写真、本人がとったもの”あ~
   まだローンが残ってる”ネットがつながって実家(米屋)の
   ブログでリアルな状況がわかりました。
-被災地や気仙沼を忘れられるのが怖い。これからも機会が
  ある毎にこんな場があれば話し、情報を発信していきます。

土屋美友紀さん 豊中市在住 福島より避難
~福島から豊中へ移り住んで~

-実家から帰ってこいとの強い言葉があった。避難したくとも
   出来ない人達がいる。夫は仕事があり福島で別々の生活
   です。逃げ出したと言われる人もいました。
-子供の友達が”ぼくらは放射能で長生きできない”という。
  ○○ちゃんは長生きして・・・
-この四月から福島の夫の実家に帰ることに決めました。

ウベェ・ワルターさん 京都府美山町在住 尺八奏者
~被災地を訪ねたドイツの虚無僧~

-(土屋さんの言葉に涙し)私は結局故郷の東ドイツに帰れ
   なかった。
-震災後すぐ、美山の人たちから米を集めて石巻に届け尺
   八を演奏して回りました。
     ※お話のあと、追悼の尺八演奏

萱場祐子さん  石巻市在住
~石巻2011年3月11日~

-夫、子供2人、私、全員がばらばらの場所で震災。全員が
   会えたのは四日後でした。主人が腰まで水につかりながら
  5時間歩いて娘を見つけてくれました。
-(萱場さんご本人が避難された場所-民家-では救援物
  資は届いたのですか、と言う質問に)
  それは大丈夫でした。ただ子供のことが心配で食べたいと
  いう気持ちにはならなかった、でも食べないとダメだと無理
  やり食べてました。
-石巻で亡くなられた3200人のことを思って、今後も復興支援
  をしていきます。

岡本牧子さん 神戸市在住
~南三陸町で出会った人びと~

-直後に片道12時間車に乗って向いました。3千人分の炊き
  出しを9回しました。やりながら失敗もしながらです。夏場は
   持っていったものが傷んだり、じゃ冷凍しようと持っていくと
  解凍に時間がかかりすぎたり、、、でもそんな失敗に被災地
  の方がこうすればと教えてくれたりコミュニケーションが図れ
   たように思います。
-先が見えない不安はありますが、続けて行こうと思います。

大津俊雄さん 神戸市在住、神戸市で被災、復興活動
~阪神大震災からの教訓~

-鯨の頭の上に日本列島がある。日本全国どこに行っても地
   震にあいます。


■■■ 黙祷。みなで歌った。

げら子 武山さんの話が終わるとまもなく14時46分、亡くなられた
方々へ1分間の黙祷をささげました。










ごん太 会の最後は「うたのコーナー」や。急ごしらえのコーラス
隊ブリコルールが『小さな空』を合唱、そら僕もでていかな~。
ここでまたみんなのこころがぎゅっとひとつになったなぁ、そんな
空気やった。

げら子 翔ユリ子さん、お願いしたらふたつ返事で「やります!」
てボランティアで歌ってくれはった。「夜明けの歌」と翔さんの持ち
歌「鶴」、戦死した恋人を恋うる歌、亡くなった方への追悼の歌や
った、感動したね。

 翔ユリ子さんブログ ←この日のことを書いておられます。
         

■■■ 被災地の米と野菜を使って皆でつくった、食べた。


岩手、宮城のひとめぼれでにぎったおにぎり、福島産野菜豚肉の豚汁、パラグアイからの復興支援豆腐(左)
支援グッズ展示即売、震災本展示即売(右)
















ごん太   こころのスパイスが利いてたね。何ともいえずに美味し
      かった。おかずを持ってきてた人が皆に回してくれて分
            けて食べたのも美味しかったで。

げら子 ほんまに心からの追悼ができたわ、話してくれた方、
      参加してくれた方、みんなに感謝でいっぱいや。
            ありがとうございました。これからも続けていくつもり
      です。


げら子さん達に「311追悼の会」を催すきっかけを下さった東京
在住のOさん、お母さまがケアハウスで被災されました。今回の
企画には多大なご尽力いただきました。この追悼会をご報告した
その返信のメールをご紹介し、エロローグとします。

****「追悼の会」を開催していただいて、こちらこそ感謝
です。皆様にくれぐれもよろしくお伝えください。案の定、
突然、実家解体の連絡が入り2月24日(金)から29日(火)まで、
気仙沼に帰りました。足場をかけて、隣の家とそのまた隣
の家の三軒を後ろ側から重機で解体していきます。瓦礫を
分別しながらの作業なので、間が読めず、結局、実家の
庭が潰され、縁側の一部が解体された時点でこちらに戻り
ました。今はすっかり更地です。商店街のあちこちが同じ
ような状況です。先日、NHKスペシャルで気仙沼「人情商
店街」というタイトルで復興商店街をとりあげていました
が、その商店街こそ、まさに私が育った街でした。
一年が経ちました。一つの節目です。やっと、本当のやる
気が出て来たように感じています。********************

Oさんご主人の支援ブログ 
↑気仙沼の同級生を支援するブログです
気仙沼コンシェルジェ
↑Oさんがボランティアされている銀座から気仙沼を支援するプロジェクト


(写真提供 左高通泰さま)

★★★げら子、ごん太コンビでまたお届けしていきます。
new げら子、ごん太の紹介を更新しました。
只今、タイ・アジアのレポート準備中です。
お付き合い頂ければうれしいです。★★★★★★★★

2011年10月4日火曜日

はしご酒!この楽しさはイカナルものゾ!!   日本酒ゴーアラウンドルポ

10月1日は「日本酒の日」でした。
この日は土曜日、12時からオープンする店もありお昼から「さかずきんちゃんバッジ」をつけた3000人の呑ん兵衛が大阪市内の酒場から酒場へとさまよい飲み歩いたのです。

さかずきんちゃんバッジが参加証











※内容はこちらから→10月1日「日本酒の日」はしご酒イベント

延べでどの位の量を飲んだか推定しますと、
1杯のウエルカムドリンク 平均80ml×一人平均5杯×3000人=900,000ml=900L=1升びん500本という計算になります。

げら子さん、ごん太さんは友人含めて5人ではしごしたようです。16時に天六駅に集合し天神橋→梅田→谷町→ミナミと巡り最後は心斎橋「福耳」で祝杯をあげ0時にお開きとなりました。
8時間で9拠点、飲んだお酒は9~12種類、合計4合位でしょうか。


■■■ また行列だ~、けど並ぶのがまた楽し!














げら子 乾杯!よう飲んで、よう笑うて、よう歩いたわ、ちょっとくたびれ
      ました。福耳マスターがやさしい笑顔で迎えてくれたんでほっこ
      りしたわ。
      行列行列でしたね。大阪人があんな行列するんは珍しい光景
            や、あんまり見られへんで。「このお酒呑みたい!」て、呑ん兵
            衛の性やね。

ごん太  並ぶのもまた楽しや、バッジの連帯感というのでしょうか。とな
           りの人とすぐ仲良うなんのはげら子は得意やろけど、ボクなんか
     シャイな人間やのに、すぐに仲良くなれたわ。「どこ行った?」
     「何軒目?」「そこは混み具合どないやった?」て、この気さくは
     うれしいね。気持ちがゆるやかになるねん。

げら子 どんな時間でもどこでも並んでる状態やったね。遠くから行列
     が見つかると「あ、あそこや」て目印になるしね。そうそう、並ん
     でても、店の人とか蔵元さんとかもいはるし、隣の人との話も楽
     しいし、待つのが苦にならへんわ。

■■■ みんなうれしそうに呑んではる!

みんなうれしそう、楽しそう!











げら子 私はね、皆がホンマにうれしそうに呑んでる姿がええなぁ、と
      思った。仲間うちでワイワイ呑みながら、このお酒は好きとか、
      ガツンとくるとか言う合うのも楽しいし、不思議と隣の人と意気
      投合できるもんね。
       一人ではしごしてるかっこいい女の人が、日本酒がほんまに好
        きみたいでいろいろと教えてくれはった。

ごん太 ほんまや。お酒好き!が共通項や。

げら子 誰かなんか、始めての人と文楽トークでえらい盛り上がってた。
      みんなお友達って空気むんむんやもんね。













げら子 おっちゃん達が楽しそうに呑んではるのも久しぶりに見たよ。
      ひとりで呑んでる人もじっくりと味わって呑んではるし、おっち
       ゃんかっこええ!と思いました。

ごん太 女の人みんな元気やな。おっちゃん達はわりと静かに飲ん
            ではった。

げら子 隣のおっちゃんさ、テーブルの振る舞い酒をおかわりついで
         くれはってん、「ええんかいな!」ていうたら「まあまあお祝い
            や!」て、ありがと!

■■■ 店の人、蔵元さん、呑んでる人、今日はみんなが仲間











げら子 店の人も蔵元さんも一緒に楽しんではるのもうれしいな。皆
      仲間って感じやね。店員さんなんかバッジつけて、「ボク、は
       よ店終わってゴーアラウンドしたい!」て、かわいい!

ごん太 そうそう、蔵元さん、自分のお酒のことうれしそうに一生懸命
         説明してくれはった。作ったお酒への愛を感じますね。

げら子 お店の人と蔵元さんとあうんの呼吸やね。それがほんわかと
          伝わって気持ちええわ。

■■■ やっぱ、空のみはええわ!

店内がいっぱいで、外に長テーブルを出して空のみ














げら子 最高と思ったんは、新町の店の空のみ!外で呑むのっていい
      わ、燗酒にしたんで体はほかほかやし、夜空をみながらのお
            酒、気持ちいい。

ごん太 はいはい!「韓国で私ら、こればっかやったね」て、そうやった
      そうやった。何でか夜空の下でのお酒は気持ちええな。開放
            感があるからかな。満足満足。

■■■ なつかしのはしご酒、現代版。

げら子 20代の頃、会社の上司にひきずられてはしご酒したの思い出
            したわ。一杯呑んだら「さ、次行こか」って、「はいはいっ」て付
       いて行った。なつかしの風景やね。

ごん太 そうそう、昔ははしご酒ってようしてはったよな。これは現代版
           はしご酒や。今日は合計9軒のはしご酒、それぞれうまし楽し!

16:30よしむら*川亀     17:20いっせい*川鶴    










18:10山吹*三芳菊       18:45酒肴人*不老泉









19:30かむなび*貴          20:30和亭*瑞冠












21:10うさぎ*天青        21:40龍や*早瀬浦    











22:20番外 福耳*生ビール










お店の心づくしのおもてなし、蔵元さんが手塩をかけたお酒、バッジでつながる呑ん兵衛さん、お酒がとりもつ楽しい楽しい一日でした。
来年またお会いしましょう! いやところが今年がファイナルだそうです。

でも楽しいお酒の場はまだまだあります。ではまたお楽しみに!

2011年9月18日日曜日

アミーゴ♪ラテンリズムとテキーラで大阪空のみ~♪♪

ごん太さんからのお誘いです。
「秋空のみしませんか!ラテンでっせ、メキシコでっせ、メキシコといえばテキーラでっせ!」
げら子さん~えっ、マッコリではない。でもええな、高い空の下でラテン踊って歌って飲む!盆踊りも終わったし、行こ行こ~と、友人たちと連れ立って繰り出しました。

-「フィエスタ・メヒカナ大阪2011」今年で15回目のお祭です。ここでお友達になって年一回再開するという、メキシコの人々、ラテン好きが集まるお祭です。


メキシコ民族舞踊「老人の踊り」  ラ・クカラチャ?        














ごん太 ふむふむ。いきなりラテンの匂いが漂ってますやん。

げら子 ほんま、ちょっと足がリズムをとってますよ。
      でも、その前に腹ごしらえしましょ、やっぱりテキーラでしょ、
            タコスでしょ!

ごん太 あそこ、メキシカンらしきおっちゃんが呼び込みしてはるで。
            うんここのタコスは本場もんみたい・・・、隣にテキーラも
      あるで。

本場のタコス?という触れ込み


















ごん太 おっちゃん、他の屋台のとどうちゃうのん?
      生地がちがうらしい、とうもろこしだけやて、日本で
      売られているんは、メリケン粉が混ざってるいうて
       はるわ。

-隣では「デ・アガベ」の出店、テキーラは約30種類、すべてプレミアムテキーラかメスカルとのこと、お味をきいて、チョイスする。
※テキーラの原料となるアバガを100%使って2回以上蒸留するものをプレミアムテキーラという。メスカルとは1回の蒸留で公式認定に認定されることが多い。(デアガベ商品パンフ)


プレミアムテキーラ エル・フォゴネロ・ブランコ 1杯500円
タコス 400円















げら子 これかなりの美味さです。38度あるけどアルコールを
      感じず深~い味がする、またこのタコスにぴったし!

ごん太 ほんま熟成してるなぁ、て感じ。これだけで満足やな。

げら子 若者にカップルに家族づれにご老人にバラエティに富んで
      るね、ラテンの人もいっぱいいはるね。









げら子 あ、はいどうぞどうぞ。詰めますからどうぞ。

-日本人のパパとメキシカンのママ、子供たちのファミリーとお友達です。ママと子供たちは、お祭ならではのきれいな刺繍の入った衣装、国旗の3色を使った髪飾りで着飾っています。














-イベントが次々と展開されます。民族舞踊の踊り手の方の最高齢は70代とのこと、民族衣装に身を包み軽やかなステップを踏まれお見事です。ピニャータ割り、パーカッションなどラテンの音楽とイベントが続きます。
※ピニャータとは子供のお祭の遊び、中にお菓子が入ってそれを割ってお菓子を手に入れる。
リズムに合わせて踊る人、家族で楽しむ人々、コロナビールを囲んで楽しむ若者、ここの空のみはラテンの空気に染まっています。

げら子 あ~血が騒ぐ!ね、みんな踊ろうよ!

ごん太 どうぞどうぞ、皆さん踊ってください。

流石、かっこええ!ラテンの血にはかないません!












ゲラ子さん始めメンバーはお隣さんと話しがはずみ、「また来年お会いしましょ!」と約束しました。途中雨もぱらつきましたが、秋空の下で踊って歌って飲んで楽しいお祭、ラテンのリズムとテキーラが、最高の気分をもたらしてくれました。